大阪地方裁判所 平成5年(ワ)10183号 判決 1996年3月25日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
櫛田寛一
被告
新日本証券株式会社
右代表者代表取締役
岩瀨正
右訴訟代理人弁護士
島本信彦
上條博幸
主文
一 被告は原告に対し、金二五六万五三九〇円及びこれに対する平成元年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は原告に対し、金三六三万七七〇〇円及び内金三三〇万七七〇〇円に対する平成元年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、証券会社である被告からワラントを購入した原告が、被告及びその社員の違法な勧誘・販売行為等により代金相当額の損害を被ったとして、被告自体の不法行為又は使用者責任に基づき、その損害の賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、大正一三年生まれの無職の男性であり、被告は、証券業を営む株式会社で大阪市北区に梅田支店を設置している。そして、同支店の従業員で原告の担当者であった佐野正(以下「佐野」という。)は、原告に対し、東芝セラミックス(外貨建てワラント)等のワラントの購入を勧めた。
2 原告は、平成元年一一月一六日、被告から、後記①、②のワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入し、その代金を支払った。
① 東芝セラミックスWR九三(外貨建てワラント)
(以下「東芝セラミックス」という。)
(買付日) 平成元年一一月一六日
(数量) 五〇〇〇ドル券一〇枚
(行使期限) 平成五年一一月一八日
(代金) 二〇五万七七〇〇円
② 長谷工コーポレーション第二回ワラント(国内ワラント)
(以下「長谷工ワラント」という。)
(買付日) 平成元年一二月二一日
(数量) 五ワラント
(行使期限) 平成七年一二月一四日
(代金) 一二五万円
3 東芝セラミックス及び長谷工ワラントは、いずも行使期限の経過によりその価値がなくなってしまった。
二 争点
1 被告の責任の存否について
〔原告の主張〕
(一) 東芝セラミックス取引の違法性
東芝セラミックス(外貨建てワラント)の発行日は平成元年一一月三〇日であるのに、発行日前の一一月一六日に勧誘、販売したものであって、証券取引法四条、一五条に違反する。発行後三か月間は日本に持ち込んではならない旨の業界の自主ルールにも違反し、また、英文目論見書に有価証券届出書がなくディスクロージャーの面での手当てがないので、日本で直接、間接を問わず、提供、販売、交付してはならないとの記載があるのに、これを販売して原告に不測の損害を与えたもので、その投資勧誘は明らかに社会的相当性を逸脱している。
(二) 勧誘行為の違法性
本件ワラント取引における被告及び佐野の勧誘行為は、証券取引に関連する諸法令に著しく違反している。
(1) 適合性原則の違反
証券会社は、外貨建てワラントなど商品内容が複雑で危険性が大きく値動きも不明瞭である金融商品を取引する場合、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならず、顧客が金融商品の取引に適合しているか否かを事前に判断して、不適合な顧客とは右取引を行わないようにすべき義務がある。
原告は、ブルーカラーの労働者として長年働き、労働で得た収入の一部をコツコツためて有利な貯蓄として株式取引をしていた者であり、危険な商品を求めていくタイプではなく、ワラントの知識もなく、説明を受けても理解できる能力がなかったから、原告は本件ワラント取引を行うだけの適合性を備えていなかった。
(2) 説明義務違反
本件ワラントなど外貨建てワラント取引の仕組みは、複雑で、一般には理解困難なものであるから、証券会社は、このような商品を取引する場合には、取引の相手方に対し、商品の種類、内容、危険性、値動き等について十分説明しなければならない。
しかし、被告及び佐野は、本件ワラント取引を行うに当たって、原告に対し、右のような説明を一切しなかった。本件取引前の平成元年七月二〇日ころ、佐野が電話で「大正海上のおもしろいやつがある。必ず儲かる。私に任してくれたら必ず儲けさせてあげる。」と言って、原告を勧誘し、計算上の儲けを出して、原告を油断させ、警戒心を持たせないようにして、「大正海上の時と同じようなものだ。一、二週間で利が出るようにカタをつけるから任せてくれ。絶対今年中にカタをつける。私を信用してくれ。」と言って、東芝セラミックスの購入を勧誘し、ワラントについて何らの説明もなかった。長谷工ワラントの場合も、佐野が「年内に終わらせる。」と言って、購入を勧誘し、ワラントについては何らの説明もなかった。ちなみに、原告は被告から説明書等の書類は受け取っていない。
(3) 断定的判断の提供による勧誘
証券会社は、取引勧誘の際、断定的判断の提供をしてはならないが(証券取引法五〇条一項一号)、佐野は、東芝セラミックスや長谷工ワラントを前記(2)のように「必ず儲かる。儲けさせる。一、二週間で利が出るようにカタをつける。」と断定的判断を提供して、勧誘した。
(4) 以上のとおり、被告及び佐野は、適合性原則に違反し、説明義務を尽くさず、断定的判断を提供するなどして、証券取引上、証券会社が遵守すべき禁止事項に違反してワラント取引を勧誘し、原告と本件ワラント取引を行ったものであり、右のような被告及び佐野の行為は、民法上も公序良俗に反し違法であり、不法行為を構成する。
〔被告の主張〕
(一) 東芝セラミックス取引等の違法性について
発行日前におけるワラント取引は、法的には期限付もしくは条件付の相対取引であって、東芝セラミックスの取引は、受渡日を平成元年一二月一日と定められていた。右取引は、外国で募集、発行される外貨建てワラントについての日本国内における流通市場での取引であるから、証券取引法四条、一五条の適用規制は及ばないものと解される。原告主張の自主ルールはなく、甲一九号証中のその旨の記載は被告担当者が事実確認をしないまま誤記したものである。ちなみに、被告は、東芝セラミックスの募集、発行等には関与していない。
証券会社が一般投資家に対し、ワラント取引を勧誘販売すること自体は適法であり、私法上違法(公序良俗違反)となるものではない。
(二) 勧誘行為の違法性について
本件ワラント取引における被告及び佐野の勧誘には、何らの違法も存しない。
(1) 適合性原則の違反について
原告は、昭和四七年八月以降、被告の梅田支店に証券取引口座を開設して、取引をしていたが、昭和五三年七月末以降の取引は、別紙取引明細書に記載のとおりで、原告は、株式売買についての知識や経験は豊富であり、かつ、自ら主体的に判断して積極的に証券投資をしていたものである。本件ワラント取引は原告にとって過大な危険を伴う取引とはいえず、適合顧客であることが明らかである。ちなみに、本件ワラント取引の前である平成元年七月からワラント取引を始めていたし、その銘柄は大正海上WR九三外貨建てワラントで、数量一〇ワラント、代金一六七万五五五〇円であった。
(2) 説明義務違反について
佐野は、先の大正海上ワラント取引(平成元年七月)の際、予め一般的な外貨建てワラントの商品の内容や取引の仕組みを説明し、ワラントの権利内容、すなわち新株引受権の行使価格、行使期限を説明し、原告も取引の仕組みを充分理解して大正海上ワラントを買い付け、「外国証券受渡計算書」や「預り証」が原告に交付され、原告は、「外国証券取引口座設定約諾書」を被告に差し入れた。特に、佐野は、ワラント価格は、当該銘柄の株価の変動に応じて、上下変動するが、その変動割合率は、株価のそれよりも、ずっと大きく、それだけ利益も損失も大きくなるし、為替レートの変動による損得ないしリスクもあること、株価が行使価格を上回らずに行使期限まで保有していると、値がつかなくなって売付けできなくなり、買付け代金を回収できなくなることも説明し、「取引説明書」を交付した。その後、同年一〇月二五日に大正海上ワラントを売却して二四万四七八三円の利益を得た。
佐野は、東芝セラミックスの勧誘の際も、同銘柄の行使価格(一三九四円)、行使期限(平成五月一一月一八日)を説明し、買付代金の受渡清算のために来店した平成元年一一月二八日に原告に対し、再度「外貨建てワラントの取引説明書」を交付して、同書面により再度外貨建てワラントの商品の内容や取引の仕組みを説明し、原告から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」の差し入れを受けた。また、長谷工ワラントの場合も、佐野は、同銘柄の行使価格、行使期限などを説明した。右各取引の後、買付取引報告書、外国証券受渡計算書、預り証が原告に郵送ないし交付され、佐野は、その後も本件ワラントの値動きを適宜原告に連絡していた。そして、期待どおりの相場展開にならなかったので、原告に見切りをつけて売却するよう勧めたが、原告は、「もう少し様子を見る」との返事で、売却の機会を逃してしまった。なお、佐野の後任で原告担当の渡辺は、平成二年四月二日、原告に「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券取引説明書」を交付し、同日、原告から「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引確認書」の差し入れを受けた。
(3) 断定的判断の提供による勧誘について
原告の主張事実は否認する。長谷工ワラントの取引は一二月二一日であるから、年末まで一週間しかないのに、年内に儲かるなどとは到底いえないことであり、佐野もそのようなことは言っていない。
2 本件ワラント取引が不法行為に当たる場合、原告の被った損害はいくらであるか。
〔原告の主張〕
本件ワラントはほとんど無価値で、次の損害を被った。
(一) 東芝セラミックスの代金相当額 金二〇五万七七〇〇円
(二) 長谷工ワラントの代金相当額 金一二五万〇〇〇〇円
(三) 弁護士費用 三三万〇〇〇〇円
合計金 三六三万七七〇〇円
〔被告の主張〕
(一) 原告に代金相当額の損失が発生していることは認めるが、前記のとおり、被告及び佐野による本件勧誘には、何らの違法もないから、右損失をもって損害とはいえない。
(二) 前記のように、佐野が見切り売却を勧めたにもかかわらず、原告は、権利行使期限を経過すれば、ワラントが無価値になることを知りながら、原告が自由な選択をしたうえで、本件ワラントを保有継続し、その結果、損金が発生したものであって、すべて原告の責任によるものである。
三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、それをここに引用する。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告の責任の存否)について
1 前記第二の一1ないし3の事実及び証拠(甲二二、甲二三、甲二四、乙一、乙二、乙三、乙五、乙七の1ないし24、乙八、乙九、乙一一、証人佐野正、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、大正一三年生まれの男性で、高等小学校卒業後、工場で旋盤工として働いたが、昭和六二年ころから無職となり、現在に至っている。
(二) 原告は、昭和四七年ころ被告梅田支店を訪れて株式取引を始め、いわゆる現物取引を継続的にしてきたが、昭和五三年以降の取引は、別紙「取引明細書」のとおりであり、佐野が原告の担当になった昭和六二年一〇月から本件ワラント取引に至るまでの取引内容は、概ね別紙「取引の経緯」記載のとおりであった。
(三) 原告が本件ワラント取引をするに至った経緯と、原・被告間におけるその後のやり取りは、概ね次のようなものであった。
(1) 原告担当の佐野は、平成元年七月ころ、原告に電話をかけ、「おもしろいやつがあります。これは必ず儲かるから任しておいてください。銘柄は大正海上です。」「絶対儲かります。」などと言って、大正海上の外貨建てワラントの購入を勧誘した。原告は、株式取引で儲けていた矢先でもあり、佐野の言葉を信用して、ワラントとは知らず、株式と思って大正海上の外貨建てワラントを購入することにした。そして、その受渡日である同月二八日ころ、原告は「外国証券取引口座設定約諾書」の用紙に署名捺印をして、同書面を被告に差し入れた。被告は、原告に「預り証」や「受渡計算書」を渡したが、原告は右書類に目を止めたものの、詳しくは見なかった。なお、右預り証には、「銘柄名タイショウカイジョウWR93、商品外国債権、償還年月日平成五年七月、摘要USドル」などと記載され、また、右受取計算書にも、同様の記載があり、「ワラントスウ一〇WR」や為替レートなどの記載もされていた。佐野は原告に対し「タイショウカイジョウWR93」についての説明をしなかった。
(2) 平成元年一〇月二五日、佐野が原告に電話して、「大正海上に利が出ているので、売ってください。」と話し、原告も利が出ているのならばということで、売却を承諾したが、特にワラントについての話はなかった。そして、平成元年一一月一〇日ころ、佐野が原告に電話して、「東芝セラミックスを買ってください。絶対儲かります。大正海上で儲けて戴いたように、儲けてください。」と東芝セラミックスの外貨建てワラントの購入を勧誘した。原告は、その時は、いったん購入を断ったが、その後も佐野が同じように電話で勧誘し、「絶対、大丈夫です。私に任せてくれたら儲かります。」などと言ったので、佐野を信用して、東芝セラミックスを購入することにした。その代金は、佐野の勧めで、一部は現金で、残りは五洋建設の株式売却代金を充てることにした。この時も佐野からは購入ワラントについて詳しい説明はなかった。
大正海上外貨建てワラントの時と同様に、原告に「預り証」や「受渡計算書」が渡されたが、原告は、右書類を目に止め、「外国債券」というような文字を目にしたが、佐野を信用していたので、佐野にその意味を詳しく尋ねるということはしなかった。なお、被告は、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に原告の署名、捺印をしてもらい、これを徴収したが、「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」と題するパンフレットを原告に手渡したかどうかについては定かでない。
(3) 平成元年一二月中旬ころ、佐野が原告に電話して、「年内にカタがつくから、長谷工ワラントを買ってください。東芝セラミックスと同じようなものです。一、二週間で利が出るようにカタをつけますから、信用してください。」などと言って、長谷工ワラントの購入を勧誘した。原告は、一度は断ったが、佐野が繰り返し電話で勧誘したので、また佐野を信用してその勧誘に応じることとし、佐野の勧めで、その代金は日本鉱業の株式を売却した代金と現金で賄うことにした。この時もワラントの話はなかった。
以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
なお、証人佐野正(乙八)は、「①原告は株式等の相場物に関心を持ち、知識や経験は相当なものであった。平成元年三月ころから何回か新規発行のワラントの話をした。原告から質問もあり、ワラントの商品の特徴や相場状況、メリットとリスク等をその都度説明していた。外貨建てワラントの仕組みや値段の変動が株式以上に上下するのが通常であること、権利行使の期限が限定されており、その期限が到来すれば、実質的な価値もゼロになってしまうので、それまでに売却する必要があること、外貨建てワラントは為替相場の影響を受けることを説明した。②平成元年七月二〇日に大正海上外貨建てワラントの買付けを提案した時も改めて外貨建てワラントの特徴をリスクも含めて十分に説明したうえで、大正海上外貨建てワラントの権利行使期限、権利行使価格、時価単価であること、被告と顧客の相対取引であることを伝えたところ、原告が、最終的に「やってみたい」と判断し、一〇WRの注文を受けた。平成元年一〇月ころ、原告から、「いまならどれくらい儲かるか」との話があり、大正海上外貨建てワラントの時価を教えると、自分で利益金を計算して「二〇数万円はあるな」と喜んでいた。最初の取引で利益が出たので、電話あるいは来店時に原告から「またいいワラントがあれば頼むよ」と頼まれた。そして、一一月一六日に東芝セラミックスの買付けを提案したら、一〇WRの買付け注文があり、前同様、東芝セラミックスの権利行使価格や行使期限等の説明をし、「外貨建ワラントの取引説明書」を交付し、再度ワラントの特徴やリスクを説明し、「説明書をよく読んでほしい。」旨を述べ、その場で、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」の差し入れを受けた。一二月に入り、長谷工が国内ワラントを発行することになった旨の情報を原告に伝えたところ、原告は、前に儲けた銘柄でもあるので、是非長谷工ワラントを買いたい、一五〇万円程度までなら、買えるだけほしいということであった。この時も長谷工ワラントの権利行使期限や権利行使価格等について説明した。その後の相場が期待どおりでなかったので、何度か見切って売却してはどうかと提案したが、原告は、大正海上ワラントの時のように三ヶ月程度様子を見たい」との返事で、結局、売付けしなかった。」旨証言(陳述)しているけれども、原告本人尋問の結果に照らし、右証言部分及び記載内容はたやすく採用することができないし、原告がワラントのことをよく理解していた旨の記載がある乙一三(渡辺英雄の陳述書)の記載内容もにわかに信用することができない。また、原告本人尋問の結果に照らすと、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に原告の署名、捺印があるからといって、被告が原告に「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を交付していたとも認め難い。
2 そこで、以上認定の事実を前提にして、被告及び佐野に違法な勧誘行為等があり、被告に損害賠償の責任があるかどうか、について検討する。
(一) ところで、ワラントの価格は、基本的には新株引受権を行使して得られる利益相当額、言い換えると、株式の時価と権利行使価格との差額によって規定されるが、市場においては、これにプレミアムが付加された価格で取引されており、ワラントの価格は銘柄の株価が上下する幅以上に上下するのが通常であり、そのため、少額の投資により株式売買と同様の投資効果を上げることも可能である反面、値下がりも激しく、さらに、権利行使期間を経過すると紙屑同然になってしまう点で、株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな金融商品であるといえる。また、ワラントは、昭和五六年の商法改正によって認められたが、国内で分離型ワラントが流通するようになったのは昭和六一年一月以降のことであり、原告が本件ワラントを購入した当時においても、ワラントは一般人には馴染みが薄く、投資者によっては、その仕組みや危険性等につき充分な知識を持たない者も少なくなかった(当裁判所に顕著な事実)。
右のように、ワラントが、一般人には馴染みが薄く、ハイリスクを伴う商品であること等にかんがみると、かかる商品に対する投資を勧誘する証券会社及びその外務員には、投資者に正確な情報を提供し、投資者の意向、知識、経験、資力等に適合した投資がされるように配慮すべき義務があるとともに、外貨建てワラント等の取引の仕組み、権利行使価格、権利行使期限の意味、ハイリスクな商品であり、無価値になることもあることなどについて十分な説明をする義務があるものと解するのが相当であり、証券会杜及びその外務員が、断定的な判断を提供したり、虚偽の表示をするなどの方法を用いて、投資者を勧誘することが許されないことは言うまでもない。
本件についてこれをみるに、前記認定事実によれば、①原告は、ワラント取引の経験はなく、その内容、仕組みについての知識もなかった。②原告は、大正海上外貨建てワラント購入時も、本件ワラント購入時も、佐野から購入するワラントの権利行使価格や権利行使期限等について詳しい説明を受けなかった。③佐野も、大正海上外貨建てワラントや本件ワラント取引を勧誘する際に、当時バブル経済下で儲けを出し、担当者の佐野を信用していた原告に対し、「おもしろいやつがあります。これは必ず儲かるから任しておいてください。」、「絶対儲かります。」とか、「大正海上で儲けて戴いたように、儲けてください。」、「絶対、大丈夫です。私に任せてくれたら儲かります。」とか、「年内にカタがつくから、一、二週間で利が出るようにカタをつけますから、信用してください。」などと述べて勧誘し、ワラントの仕組みや危険性等についての説明を尽くさず、ハイリスクな商品であることやワラントには行使期限があってこれを経過すると無価値になるなどの点について、原告の理解を得ないまま、本件ワラント取引を行わせ、ワラントの権利行使の手続についても全く教示していなかったというのであるから、被告の担当者である佐野に前記の「説明義務違反」があったことは明らかであり、しかも、原告の外務員に対する信用を利用して、「儲かります。利が出るようにします。」などと述べて本件ワラント取引をしたものであるから、佐野の本件ワラント勧誘行為は違法であるといわなければならない。
(二) そうすると、被告は、佐野の使用者として、民法七一五条に基づき、原告に対し、本件ワラント取引により原告が被った損害を賠償する責任があるものといわなければならない(なお、原告は、被告自身に不法行為があったとも主張しているが、東芝セラミックスの国内販売が違法で不法行為に当たるとは認め難く、被告が組織ぐるみで違法な勧誘を行っていたことはこれを認めるに足りる証拠がないから、原告の右主張は採用しない。)。
二 争点2(原告の損害)について
1 前記認定事実によれば、原告は、原告が支払った本件ワラントの購入代金相当額である三三〇万七七〇〇円の損害を被ったものというべきである。
2 過失相殺
前記認定事実によれば、原告は、佐野を全面的に信用して、本件ワラント取引をしたものであって、被告から交付を受けた書類を詳しく読まずに放置し、ワラントの仕組みについて知ろうともせず、佐野の儲かりますよという言葉を鵜呑みにして、安易に本件ワラントを購入したものであるから、損害発生について原告にも過失があったものというべきであり、本件の諸般の事情にかんがみると、原告の右過失を三割として損害から控除するのが相当である。そうすると、原告の被った損害額は二三一万五三九〇円となる。
3 弁護士費用
原告が本件訴訟を弁護士に委任したことは明らかであるところ、本件事案の内容、性質、審理の経過及び認容額等にかんがみると、本件不法行為と相当因果関係がある損害として、原告が被告に対して賠償を求めることができる弁護士費用の額は金二五万円であると認めるのが相当である。
三 まとめ
以上の次第で、原告の本件請求は、金二五六万五三九〇円及びこれに対する不法行為後である平成元年一二月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であるから棄却を免れない。
(裁判官大谷種臣)
取引の経緯
佐野社員担当後の取引の経緯の概要
年
月日
買い付け財源
買い付け証券
六二
太平洋興発株処分金を入金
長谷川工務店株一〇〇〇株
一〇月二九日
現金入金
日本ケミコン株一〇〇〇株
この間ブランクあり
六三
五月一〇日
コープケミカル処分金一部入金
阪神百貨店株一〇〇〇株
六月一四日
現金入金
エース88―6投資信託一〇〇万円
六月二八日
三井金属株処分金一部入金
太平洋金属一〇〇〇株
七月 二日
阪神百貨店株処分金入金
三菱ガス化学株一〇〇〇株
九月 七日
現金入金
三井東圧株一〇〇〇株
この間ブランクあり
元年
二月 一日
現金入金
スズキ自動車株一〇〇〇株
二月 七日
現金入金
五洋建設株一〇〇〇株
二月二三日
太平洋金属株処分金
日本鉱業株一〇〇〇株
三月 一日
長谷工・阪神百・三菱処分金
イズミデンキ株一〇〇〇株
三月一六日
三井東圧株処分金と現金
キリンビール株一〇〇〇株
六月 二日
イズミデンキ株処分金
五洋建設株一〇〇〇株
六月二六日
スズキ自動車株処分金と現金
間組株一〇〇〇株
六月二九日
五洋建設株処分金
菅井化学株一〇〇〇株
七月二〇日
現金入金
大正海上ワラント
一〇月二六日
キリンビール株処分金
投資信託
一〇月二五日
大正海上ワラント
現金出金
一一月一六日
五洋建設株処分金と現金
東芝セラミックスワラント
一二月二一日
日本鉱業株処分金と現金
長谷工ワラント
取引明細書
銘柄
買
売
損益
約定日
数量
単価
金額
約定日
数量
単価
金額
1
オオバ
53.7.31
2,000
272
534,752
2
オオバ
53.9.27
2,000
271
548,775
53.11.8
2,000
309
607,494
58,719
3
オオバ
53.12.7
2,000
304
597,664
4
大木建設
53.12.27
2,000
262
530,550
60.5.28
2,000
290
569,560
39,010
5
安川電機
54.2.22
2,000
152
307,800
54.3.13
2,000
163
320,458
12,658
6
ジャパンライン
54.3.13
2,000
121
245,025
54.3.20
2,000
126
247,716
2,691
7
安川電機
54.3.20
2,000
160
324,000
54.3.29
2,000
184
361,744
37,744
8
三井金属
54.3.29
3,000
114
346,275
54.9.4
2,000
125
245.750
9
三井金属
55.1.23
1,000
175
171,713
71,188
10
三菱ガス化
54.4.3
1,000
271
266,394
11
安川電機
54.4.13
3,000
167
507,262
54.9.4
1,000
178
174,699
12
安川電機
55.1.23
2,000
229
450,214
117,651
13
カネボウ
54.4.18
1,000
137
133,884
14
カネボウ
54.4.18
862
135
113,520
15
岡谷電機
54.9.4
1,000
425
430,312
56.1.30
1,000
373
366,660
-63,652
16
三菱ガス化
54.10.8
1,000
354
347,982
17
三菱ガス化
54.12.5
1,000
402
395,166
18
岡谷電機
55.1.28
1,000
355
359,437
19
岡谷電機
56.5.8
1,000
316
319,950
58.4.21
2,000
369
724,716
45,329
20
オオバ
57.12.2
2,000
244
479,216
21
岡谷電機
58.4.22
260
385
98,299
22
三菱ガス化
59.1.6
1,000
336
329,952
23
三菱ガス化
59.1.13
1,000
359
352,539
24
三菱ガス化
59.3.27
2,000
359
705,076
25
ニッカツ
59.8.7
5,000
130
658,125
60.9.2
4,000
130
510,640
26
ニッカツ
60.9.2
1,000
129
126,679
-20,806
27
ニッカツ
60.4.26
5,000
120
607,500
60.9.3
5,000
128
628,480
20,980
28
近鉄
60.5.29
2,000
334
676,350
60.8.7
1,000
364
357,448
29
近鉄
60.8.7
1,000
363
356,467
37,565
30
高岳製作所
90.9.2
2,000
375
759,375
60.9.13
2,000
410
805,240
45,865
31
石川島播磨
60.9.3
3,000
195
592,312
61.6.28
3,000
319
939,775
347,463
32
コープケミカル
60.9.13
2,000
410
830,250
63.3.29
2,000
515
1,012,035
181,785
33
三井造船
61.6.20
3,000
162
492,075
61.7.19
3,000
175
515,551
23,476
34
太平洋興発
61.6.27
1,000
493
499,162
35
太平洋興発
61.7.31
1,000
413
418,162
62.9.30
2,000
619
1,216,192
298,868
36
三井金属
61.7.31
2,000
365
739,125
63.6.24
2,000
682
1,340,858
601,733
37
三菱ガス化
61.8.15
2,000
511
1,003,648
38
長谷工
62.10.8
1,000
1,200
1,214,000
1.2.9
1,000
1,390
1,366,455
152,455
39
阪神百貨店
62.10.16
2,000
620
1,254,400
63.7.2
1,000
809
794,843
40
阪神百貨店
1.2.10
1,000
899
883,268
423,711
41
日本ケミコン
62.10.29
1,000
1,070
1,082,700
63.7.21
1,000
1,170
1,149,865
67,165
42
阪神百貨店
63.5.10
1,000
815
824,780
1.2.22
1,000
855
840,038
15,258
43
88-6 株式FF
63.6.14
1,000,000
1
1,000,000
5.7.7
1,000,000
0.7862
786,200
-213,800
44
太平洋金属
63.6.28
1,000
1,160
1,173,600
1.2.23
1,000
1,320
1,297,540
123,940
45
三菱ガス化
63.7.2
1,000
803
812,636
1.2.22
1,000
900
884,250
71,614
46
三井東圧
63.9.7
1,000
775
784,300
1.3.16
1,000
955
938,288
153,988
47
スズキ自動車
1.2.1
1,000
810
819,720
1.6.21
1,000
920
896,669
76,949
48
五洋建設
1.2.7
1,000
1,210
1,224,100
1.6.29
1,000
1,320
1,287,184
63,084
49
日本興業
1.2.23
1,000
1,000
1,012,000
1.12.19
1,000
1,190
1,160,213
148,213
50
泉電機
1.3.1
1,000
1,506
1,506,000
1.5.25
1,000
1,480
1,443,456
-62,544
51
キリンビール
1.3.16
1,000
1,820
1,840,200
1.10.26
1,000
2,080
2,029,476
189,276
52
五洋建設
1.6.2
1,000
1,410
1,426,583
1.11.22
1,000
1,550
1,511,825
85,242
53
間組
1.6.26
1,000
1,470
1,487,201
54
スガイ化学
1.6.29
1,000
1,310
1,325,553
6.7.28
1,000
1,070
1,043,597
-281,956
55
大正海上
WR93
1.7.20
50
US$
23.5
1,675,550
1.10.25
50
US$
27.5
1,920,333
244,783
56
累投
インデックス
1.10.26
1,100,000
1.7858
2,004,845
57
東芝セラミ
WR93
1.11.16
50
US$
28.5
2,057,700
58
2長谷工WR
1.12.21
5
25
1,264,935
59
東芝セラミ
2.3.30
1,000
1,010
1,022,463
60
三菱ガス化
2.8.7
1,000
667
674,900
61
大正海上
2.8.7
1000
848
858,044
3.3.20
1,000
1,060
1,033,819
175,775
62
住友化学
2.8.9
1,000
600
607,107
63
日本板ガラス
2.8.21
2,000
708
1,431,701
64
住友化学
2.11.6
1,000
500
505,922
65
日本板ガラス
2.12.27
3,000
590
1,788,982
66
フェスティバル
F93-07
5.7.9
797,840
1
789,623